合氣道建築家のブログ

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-2025.6.8-

「バフラな空間が、家の豊かさを決める──前川國男 建築の思想から」

空いた時間や、気持ちを切り替えたいときに訪れたくなるのは、やはり居心地よく、気持ちよく過ごせる場所です。
住宅設計の仕事をしているからか、街の中でもそうした場所に自然と目がいきます。

先日、時間を過ごしたのは「京都会館(現・ロームシアター京都)」の3階、パークプラザと呼ばれるオープンスペース。
1階のカフェでテイクアウトした飲み物を片手に、選書やギャラリーを楽しめる空間です。

前川國男の設計によるこの建築は、場所の選定、空間のシークエンス、スケール感、仕上げ、家具、光の具合、そして漂う空気感──どれもが調和しており、とても居心地のよさを感じます。
同じ「過ごす」なら、こうした空間に身を置きたいという欲求が湧いてきます。なぜなら、言葉にしにくい身体感覚を、建築を通して常に感じていたいからです。

ゆったりとしたソファに腰を下ろし、ソイラテを片手に本を開く。ふと視線を上げれば、大きな窓越しにオープンテラスと風景が広がり、風や光の動きを感じられる。そんな時間が流れていました。


「前川さん、すべて自邸でやってたんですね」──
かつて耳にしたこの前川語録に、「バフラな空間が大事なんだよ」という言葉が重なります。
※バフラな空間とは、「范洋とした」「とりとめのない」空間(著者:中田氏の解釈による)

前川は、公共施設だけでなく自邸を含めすべての建築を“パブリック”なものとして捉えていたそうです。
室名によって機能を固定せず、多様な使われ方を想定することで、空間の拡張性を高める──そのような設計思想が根底にあるからこそ、京都会館には多様で開かれた「バフラ空間」が展開されているのだと感じます。

2015年の再オープン時にはカフェやレストランが併設され、日常的に利用できる開かれた場所となりました。
とはいえ、それが可能となったのは、「最初から最適な空間が、すでに設計されていたから」だとも思います。

このことは、住宅設計にも通じるのではないでしょうか。


リノベーションを行う際にも、同じ視点が求められます。
空間を活かすには、まず設計の意図を読み解くこと。そうすれば、その場所にとって最適な使い方が見えてきます。

最近、妻が「みちくさリビング」という取り組みを始めました。
これは個人のリビングを少しだけ公共に開くというもので、名前には“リビング”とありますが、実際にはソファのある寛ぎ空間というより、「バフラな空間」と呼ぶ方がしっくりきます。

この空間は、設計当初から「普段着のまま人が集まるライフスタイル」を想定してつくったものでした。
本が並び、居間、ダイニング、サロン、演奏スペースなど、多様な用途を自然に受け止める場となっています。

機能性を高める空間もありますが、それ以上に、「バフラな空間が大事なんだよ」という言葉のように、“とりとめのなさ”を含んだ余白のある設計が、人と建物の関係や、空間への愛着に深くつながるのではないか──
そんなことをあらためて感じています。