住まい方アドバイザー 中西千恵のブログ

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-2026.7.18-

温泉が日常にある暮らし

娘の物件探しが思いのほか早く終わり、今回の別府での4日間は時間にゆとりができました。

街を歩き、バスに乗り、スーパーで買い物をする。そんな時間を過ごしていると、観光では見えないその土地の日常が少しずつ見えてきます。数日とはいえ、暮らすように過ごしてみると、不思議と街が身近に感じられるものですね。

ここ別府では、太陽は海から昇ります。

東に海があるので当たり前なのですが、海を見て振り返ると山がある。その景色は、山に囲まれた京都とはまた違う開放感があります。朝日を眺めながら海辺から30分ほど歩くと、鶴見岳の麓にある八幡朝見神社へ着きました。

別府駅周辺を離れると、朝は通勤の車が行き交うばかりで、歩いている人はほとんどいません。それでも、ときどき洗面器を抱えた人とすれ違います。この先に共同温泉があるのかな、と歩いていくと、観光地図には載らない街の温泉がありました。

温泉が観光資源ではなく、暮らしの一部として息づいている。その風景が、とても印象に残りました。

今回はじめて訪れたのは「地獄温泉ミュージアム」。

ここで知ったのは、別府に降った雨のおよそ16%が温泉になるということでした。雨は地中へと染み込み、火山ガスによって熱せられ、岩石のミネラルを溶かし込みながら、およそ50年という長い時間をかけて地表へ湧き出します。

さらに、通ってきた地層によって泉質が変わるため、日本にある10種類の泉質のうち7種類が別府に湧いているそうです。一滴のお湯にも50年という時間が流れていると思うと、なんだか見方が変わりました。

翌日は、別府温泉保養ランドの泥湯へ。

砂湯は経験がありますが、泥湯は初めてです。白く濁ったお湯の中は足元が見えず、そろりそろりと歩きます。足裏に伝わる泥の感触は場所によって少しずつ違い、露天の泥は驚くほどきめ細かく、なめらかでした。

勧められるまま顔にも泥を塗り、しばらく待って洗い流す。鏡を見たときには、一瞬シミが濃くなったように見えて焦りましたが、それもしばらくすると落ち着きました。

そして何より驚いたのは、そのあとです。

お湯で顔を洗った後、化粧水も何もつけないままで一日中肌がしっとりしていました。温泉の力を、身をもって実感した出来事です。

泥湯の受付の方が、こんなお話をしてくださいました。

「子どもの頃は温泉が嫌いだったんです。家にお風呂がなくて、毎日温泉へ行かなきゃいけなかったから。」

外から来た私には贅沢に思える環境も、その土地で暮らす人にとってはごく普通の日常です。「温泉の効果も、正直よく分からないんですよ。」そんな言葉に思わず笑ってしまいました。

生まれたときから当たり前にあるものは、そのありがたさに気づきにくいものなのでしょうね。

50年という時間をかけて湧き出したお湯も、別府では毎日の暮らしの一部。

旅先でその土地の日常に触れると、その土地を知るだけではなく、自分の日常を外から眺めることにもつながります。私にとって当たり前になっているものは何だろう。土地に積み重ねられてきた風景や時間、人とのつながり。

別府で過ごした数日は、その土地の暮らしを知りながら、自分が暮らす土地のことをあらためて思う時間にもなりました。